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欧州のほとんどの言葉で、ネクタイのことをクラヴァトあるいはそれに近い発音で呼び、文字で書くとcravat, cravate, corvata, krawatte などとなる ・・・ 一体これはどういうことだろうか?それはすべてCroat つまりクロアチア人という言葉からきているのだ。手元の英和辞書を見ると、それが判る。 そう、クロアチアはネクタイ発祥の地なのだ。 言い伝えによれば、その経緯はざっと次のとおりである:
時は17世紀前半、欧州を二分する30年戦争があり、クロアチア人たちも巻き込まれていく。 戦場で町々で、クロアチア騎兵団が首に巻いた色とりどりのきれいな布切れが人々の注目を惹く。クロアチアでは、戦いや長旅に出る男性の首に妻や恋人が無事を祈り布切れを巻きつけて送り出す習慣が昔からあったのだ。戦争が一段落して、その習慣は先ずファッションに目のないフランスに取り入れられるが、適切な名称が見つからないまま ”クロアチア人のアレ” といった感じで “a la Croate” と呼ばれ、やがてcravate という新フランス語が誕生する。それは元々スカーフ状をしており、この粋なニューファッションはその名称 cravateと共に瞬く間に欧州諸国に広がる。それがドーバー海峡を越えてイギリスにはいると、しだいにそれは形状を変えて実用的になり、名称もcravatと並んで、即物的な “首を絞める = necktie” が多く使われるようになる。そして、大西洋を越えてアメリカに伝わり、全世界へと普及していく。 現在、ネクタイは自分の価値観を表す具であり、社会できちんとした態度をとることの表明であり、それゆえに人間同士の信義を支えるものになっていると言えよう。

クロアチア共和国の首都ザグレブには、この伝統精神に立ってクラヴァト作りをする会社ポトマク社がある。旧ユーゴスラヴィア社会主義連邦共和国時代末期1990年の設立である。 この頃、ゴルバチョフのペレストロイカに端を発する東欧自由化の波がベルリンの壁を破ってクロアチアにも押し寄せ、連邦からのクロアチア分離独立という長年の悲願と、自由な企業活動への期待感が国民の間に膨らんでいた。
マリヤン・ブシチは長年温めてきたある構想を知合いのズラトコ・ペナヴィチにそっと打ち明けた、“クラヴァト発祥の地というコンセプトで商品作りをしないか? きっとクロアチア再生にも貢献できると思う! ” マリヤンはザグレブ大学哲学部の出身、ズラトコは同経済学部の出身、二人とも中年の働き盛りで敬虔なカトリック教徒、ときおり教会で顔を合わす仲であった。意気投合した二人は、新時代到来の予感に身を震わせながら立ち上がった。それから15年、旧ユーゴ内戦に翻弄されて紆余曲折はあったが、会社は二人の真摯な経営努力に鼓舞された社員たちの努力と、全国民の暖かい支えにより、今や堅実な中堅企業に成長し、国内では抜群の知名度をもつにいたっている。国外でもCNNをはじめとする欧米や日本のテレビ・雑誌で何度も紹介され、徐々に知られるようになっている。

同社はネクタイやスカーフを中心に関連のファッション商品を製造販売、デザインはクロアチアの自然・動植物・文化・歴史などに想を得てすべて自社で興し、それを近くのコモ地方 (北イタリア) などに発注して良質の絹布を受取り、裁断・縫製と仕上げをクロアチア国内の自社工場で行う。 商標はすべてCROATA = クロアタ、つまり”クロアチア人” だから、欧州諸国の語感で言えば、ずばり本家の “ザ・ネクタイ” ということになろうか。
ザグレブを訪れる外国人は、街のイェラチチ中央広場近くの由緒あるオクトゴン・ビルを訪れるがよい。一階の中央に瀟洒なCROATA本店が落ち着いた佇まいを見せており、同社の質の高い様々な製品を鑑賞し買い求めることができる。製品の製造販売以外に、ポトマク社は “Academia Cravatica” (クラヴァト研究会)を支援しているが、それはクラヴァトに関わる歴史と文化を総合的に研究・発表すると共に、関連のイベントを国内外で実行している。キーワードは ”結ぶ” “繋ぐ”、まさに21世紀の世界がもっとも必要とするものだ。それは狭いクロアチア・ナショナリズムの枠を超え、世界中の優れた文化との交流を視野にいれた運動になっている。

私たちは、クロアチアという南東欧の小国が、自分の持てるささやかな歴史遺産を活かして新しい時代に果敢に挑戦する姿をここに見ることができる。そして、クラヴァトを女性が男性に贈る時、妻が出勤前の夫に手渡す時、中世クロアチア女性たちの深い愛と想い、それに彼女たちの運命を思わずにはいられない。

山本寧雄(在ザグレブ)


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